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東京都練馬区の歴史
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所在地 練馬区谷原1-17先

  谷原延命地蔵
 地蔵の台石正面には「念佛講中 武州豊嶌郡谷原村 二十人 惣村中 安永四未十月吉辰」(一部磨滅)と刻まれ、1775年に谷原村の念仏講中の人々によって立てられたことがわかります。蓮華座に載った丸彫立姿で、左手に宝珠、右手に錫杖を持つ延命地蔵の普遍的な姿を示します。
 台石側面には「左 たなし道 大山道 二里」「右 はしど道」と刻まれ、道しるべとなっています。地蔵に向かって左側の道は「ふじ大山道」とも呼ばれ、川越街道の北町1丁目から分かれて練馬区のほぼ北東から南西を横切り、西東京市を経て、調布市で甲州街道に合流、多摩川を渡り、神奈川県の大山に通じていました。また、大山から御殿場、府中から甲州街道で大月、富士吉田を経て、富士山へ至る道でもありました。富士・大山振興の人々が旧暦6月の「山開き」から旧暦7月の「山しまい」まで、講印や神社印がついた白い行衣姿で、大山(阿夫利神社)や富士山(浅間神社)に登拝するため、この道を行き交いました。
 平成13年(2001)3月 練馬区教育委員会

 
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所在地 練馬区谷原3-19-3

練馬区登録有形文化財
 増島家薬医門




 江戸時代末の建築と伝えられ、彫刻など古い様相を示しています。
 平成6年(1994)3月 練馬区教育委員会

 


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