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東京都練馬区の歴史
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所在地 練馬区北町2-18

 阿弥陀堂と千川家墓所
 この阿弥陀堂は、『新編武蔵風土寄稿』に「阿弥陀堂ニ 一ハ金乗院持、 一ハ清性寺持ニテ弥陀ハ春日ノ作ナリ」とあるうちの後者に当たります。清性寺は明治に廃寺となり、金乗院と合併しました。本堂の釣鐘は文政3年(1820)のものですが、銘文に「神明山清性寺持阿弥陀堂」と記されています。
 墓地には千川家累代の墓があります。千川家は千川上水開設の功労者として知られています。
 千川上水は元禄9年(1696)、江戸下町方面の飲料水として玉川上水から分水された水道で、工事には徳兵衛・太兵衛の二人が当たりました。私費を投じて工事を完成させた功績により、両人は幕府から名字帯刀を許され、千川家の姓を賜りました。
 開通から10年後の宝永4年(1707)、上水は附近20か村の農民の願いで、灌漑用水として利用できるようになりました。両人の子孫は代々下練馬村(現在の北町)に住み、千川上水の取締役として維持管理に努めました。
 この墓所には初代徳兵衛から数えて3代目の源蔵以下4代善蔵、5代仙輔、6代民蔵、7代右保などの墓が建っています。
 平成21年(2009)3月 練馬区教育委員会





 
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