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東京都練馬区の歴史
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所在地 練馬区春日町4-16

  鹿島安太郎翁顕彰碑
鹿島安太郎先生は明治16年(1883)3月2日東京都練馬区春日町の農家に生まる 青年の頃より農事に対する研究心旺盛所以謂「考える農民」であった 常に農業振興の重要性を力説し地域農業の進展に尽力され就中練馬大根の品種改良と栽培及び加工技術の改善を図り之が普及に献身的努力をされ更に馬鈴薯栽培の改善など地域の農家経済を有利に導かれた功績は極めて大きい 戦後特産練馬大根も環境の悪化により作柄不振加えて食生活の洋風化に伴い需要の低下するに及び逸早くこの動向を察知して之が轉換作として甘藍及び洋菜類の導入を普及に盡力されたのである 今や當区は都内随一の甘藍産地となっているがこれ偏に先生の鋭い先見の明の賜である この間数多くの農業団体の要職にあって盡きところのない情熱を農業の改良と普及はもとより後輩の育成指導にも意を注ぎ練馬農業の先覚者として農民の心の程であった 先生は温厚篤實終始一貫生涯を農業一筋に捧げ心より王を愛し王とともに生きてこられたこの精神こそまことに崇高である先生の数限りない労苦と功績が認められ昭和33年(1958)11月3日黄綬褒章受章の栄誉を受けらる 近年都市の膨張により都内園芸地帯の耕地は蚕食され営農環境は悪化の一途を辿り今後農園芸の進路には極めてきびしいものがあるとき先生には82歳を一期として永遠の眠りにつかれた
昭和40年(1965)4月4日先生の多年に亘る偉大なる功績に対し特旨をもって従六位勲六等に叙せられ軍光旭日章を授与せられたのである
茲に先生の御遺徳を讃え輝かしい足跡を後世に傳えるため御功績の一端を記す
 昭和41年(1966)4月23日
 鹿島安太郎翁顕彰記念碑 建立発起人総代 加藤源蔵

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